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参考資料(1) 在日本朝鮮人人権協会 金東鶴メモ
去る10月7日、朝日新聞に「朝鮮学園が都有地を不法占有 都監査
委が石原知事に勧告」という見出しの記事が、また産経新聞には
「朝鮮学校の不法占有解消を 都監査委員が知事に勧告」という見出しの記事が、さ
らに読売新聞にも「東京朝鮮学園、都有地を無許可使用…監査委が是正勧告」という
見出しの記事が流されました。
しかし問題とされた東京朝鮮第二初級学校についての下記のような歴史的経緯、又
交渉の経緯についてはまともに取り上げられていません。
この問題は社会問題となっている京都のウトロ地区の土地問題(戦時中、飛行場建
設のために寄せ集められた朝鮮人労働者の飯場の跡地に住む朝鮮人住民たちへの強制
立ち退き問題)等と同様、日本の過去の清算がしっかりなされていないがために起き
ている問題と言えます。
以下、経緯について簡単にまとめたメモです。(在日本朝鮮人人権協会 金東鶴)
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東京朝鮮第二初級学校(グランド部分)の土地問題に関する経緯
(メモ)
03/10/20 文責:金東鶴(在日本朝鮮人人権協会)
03/12/10一部加筆・補正
※ このメモは金東鶴が枝川住宅管理委員会から話を聞いてまとめたものである。
●この地域に朝鮮人達が住むようになったきっかけは、1997年5月8日、東京都
財務局管財部参事(地域整備担当)と東京都枝川住宅管理委員会、枝川一丁目生活擁
護同盟の間に交わされた下記、覚書に要約されている。
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「枝川町簡易住宅用地の払い下げに当たっての覚書(枝川簡易住宅の歴史的経緯につ
いて)」
枝川町簡易住宅は、東京都が埋め立て竣工した埋立地に、1940年開催予定だっ
た東京オリンピックや万国博覧会の会場確保を契機に、環境整備の理由で東京市が周
辺の住民を移住させるために、1941年に開設した市営集合住宅である。
木造瓦葺き2階建て18棟、平屋建て5棟の計23棟230戸に、深川区浜園町、
塩崎町等の埋め立て地などに住んでいた、主に朝鮮人等を強制的に移住させた。
当時の枝川は、ゴミ焼却場と消毒所の他に建物はなく、荒れ地で居住環境は極めて
劣悪であった。
周囲は一面葦が生い茂り、ゴミ焼き場からでる悪臭と蠅に悩まされ、雨が降れば土地
はぬかるみ、たびたび糞尿水に見舞われる0m地帯であり、お風呂も生活用品売店も
ない人里遠く離れた陸の孤島であった。
市(都)は、戦前及び戦後の一時期は住宅を管理し、家賃を徴収していたが、19
45年末、住民の団体である住宅管理委員会に住宅の管轄権を移管した。
住宅管理委員会は、過去50余年間住宅を管理、即ち住宅の修、改築の際の指導、
ガス、上下水道整備、道路の舗装等、住民の生活改善に努めてきた。
この間、都は住宅の補修等には一切関与していない。
1997年5月8日
東京都枝川住宅管理委員会
枝川一丁目生活擁護同盟
この度の枝川町簡易住宅の整備の実施に当たっては、居住者代表の主張を理解し、当
該簡易住宅の経緯と長年に渡る居住の実態を踏まえ、誠意をもって進めることとしま
す。
1997年5月8日
東京都財務局管財部参事(地域整備担当)
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●東京朝鮮第二初級学校は解放前から同敷地に建てられていた「隣保館」を利用する
形で、解放後(戦後)、教育が始められたという経緯がある。なお、この隣保館では
解放前(戦前)は政府、市当局の「講演会」が時折開かれ、朝鮮人住民にそれへの参
加が強制されるなど、皇国臣民化政策のもと、朝鮮人の管理、同化させるための拠点
となっていたとのこと。
以降、学校閉鎖令による都立時代を経て、1950年代半ば以降は再び自主学校と
して今日に至る。
また、1960年代には校舎が建て替えられ、この時、校舎の建っている敷地部分
は払い下げられた。しかしこのときグランド部分の払い下げはなされなかった。
● グランドの敷地については1972年4月14日、前年7月17日付で学校存続
期間中の無償使用についての要望書が提出されたのを受け、「土地使用貸借契約の締
結について」という文書が都港湾局事務代理、港湾局次長の阿波俊夫名義で学校法人
東京朝鮮学園宛に出された。なおこの文書では「都における財産管理にかかる諸規定
等から契約上使用貸借期間は一応20年間とします。しかしながら、期間満了の際に
なお学校敷地として継続使用する必要がある場合は協議し善処したい」としている。
これを受け、1972年4月26日付で都と朝鮮学園間で土地使用貸借契約書が交わされた。
(契約期間1970年4月1日〜20年間)
● 20年の使用貸借期間が切れる際(1990年〜92年頃)に払い下げの交渉が
行われることになるが、両者の提示する条件に隔たりがあり、交渉がなかなかはかどらないまま
、下記に述べるように住民の払い下げの交渉を優先して進めるということになった。
● 自らが居住する土地について、20年間の時効取得の確認訴訟を起こした同地区
に住む在日朝鮮人と都の間で2000年に、歴史的な経緯を考慮した値段(市価の1
割以下)で払い下げるという内容で和解しており、この和解内容に準じて、他の住民
(約2/3は日本人。主に戦後同地域に入ってきた人たち)への払い下げが行われ
た。
このときは阪神淡路大震災の教訓もあり住居地整備事業を優先的に進めるべきという
考え方もあり住民たちの住居地の払い下げが行われたが、朝鮮学校のグランドは後
日、別に論議しようということになり、結局、払い下げがなされないまま今日に至る
ことになった。
● 2001年の2月から再び都の職員が払い下げの話を持ってくる。
そして同年5月16日課長(港湾局)他4名と学校側の交渉の席において、課長
は、@過去交渉できなかったことに対する謝罪、A過去の賃貸関係に対する請求をし
ない、ことを表明、また同課長は同年9月5日学校訪問後におこなった住民達との意
見交換の場で@歴史的な経緯を尊重する、A住民の払い下げ条件に添った形で払い下
げを検討する、B公的、また住民にとって大事な場所ということを考慮するとした。
その後、両者間で今年の7月まで交渉が続いてきた。
●このように交渉が継続されていた状態であったにも拘わらず、今回の監査請求が出
されたことを契機に都の態度が一変、年額7千6百万円の賃貸料と上記の使用貸借期
間が満了した1990年から今年3月末日までの土地使用料相当額として6億2千万
円(さらに今年4月からの使用料も別途請求するとのこと)を請求してきた(「学園
用地使用の適正化について」9月30日付文書)。
●また港湾局からは10月10日付文書で学校側が買い取りを希望する場合は
概算で13億円という数字を出してきた。これは歴史的経緯や学校であるという
ことを一切考慮していないいわゆる一般の「相場」としての価格である。
●さらに10月31日には12月1日までに不当利得相当額(「滞納賃貸料」)
が支払われない場合は法的措置をとるといったことを文書にて通告してきた。
●学校及び枝川住宅管理委員会側は少なくとも住民に対して払い下げられた条件での
払い下げは保障されるべきであり、学校のグランドであり、そこが地域住民
の交流の場、また避難場所としての役割も担ってきたというその公共性に鑑みた場合、
さらなる優遇が為されてしかるべきと考えている。
現在、署名運動を行っている。
※江東区所在の都有地等に関する住民監査請求監査結果については、下記アドレス
(都のホームページ)を参照のこと。見れば分かるがグランドの件以外について出さ
れた5件は、棄却されている。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2003/10/20da7307.htm
※一部新聞報道では校舎についても「不法占有」としているが上記のように校舎につ
いては払い下げにより基本的に解決している。
※枝川一丁目生活擁護同盟とは:以前、隣接区域にマンションが建設されるおり、日
照権の問題で補償措置を求めるにあたり、作られた組織
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参考資料(2) 各紙の報道
@[朝日新聞](03-12-15)
都、朝鮮学校の土地明け渡し求め提訴 契約切れ13年余
東京都は15日、朝鮮学校を運営する学校法人「東京朝鮮学園」に対し、江東区枝
川1丁目の都有地約4140平方メートルを無契約で使用しているとして、土地明け
渡しなどを求めて東京地裁に提訴した。
都によると、同学園はこの都有地の無償貸し付けを受け朝鮮学校を運営してきた
が、90年3月末で契約が切れた。その後、土地の売却、有償貸し付けのいずれかの
方向で都との交渉が続いたが決裂。訴状では、都有地にある校舎の一部の撤去や校庭
の明け渡しと、90年4月以降の土地使用料相当額(今年11月末現在で約4億60
0万円)の支払いを求めている。 (12/15 20:47)
A[東京新聞](03-12-9 首都圏版)
都、「明け渡し」求め近く提訴
東京朝鮮第二初級学校
9年「放置」が急展開
「民族教育の場残して」 署名活動を開始
J東京朝鮮第二初級学校(江東区枝川)の建つ都有地をめぐり、東京都が学校側に明
け渡しを求めて近く提訴する。十三年前に無償貸借契約が切れた後、学校と都の交渉
は約九年間も中断。それが今年に入り、住民監査請求で勧告が出たのをきっかけに事
態は急展開。わずか数カ月で都は「交渉決裂、提訴」の判断に踏み切った。都の提示
した金額は「とうてい払えない高額」と学校側。保護者たちも「民族教育の場を残し
てほしい」と署名活動を始めている。(出田阿生)
■■
問題となっているのは学校の敷地約五千四百平方のうち、約四千百平方の都有
地。一九七〇|九〇年まで、都が学校に無償貸与。当時の土地使用貸借契約書では、
契約終了後「学校用地として継続使用する必要がある場合は協議し善処したい」とあ
る。
だがその後、「(九〇年代の)八年十カ月間は、交渉の記録が残っていない。都が
放置していたといわれても仕方がない」(都港湾局)状態にあった。
都は三年前に交渉を再開。「今年七月から本格的に話し合いを始めた」(都港湾
局)直後の八月、突然、元都議ら区民三人が住民監査を請求。十月には監査委員が
「学校が権利のない状態で土地を占有している。来年三月末までに是正せよ」と都に
勧告した。都は勧告前の九月一日から、学校を運営する東京朝鮮学園に、内容証明郵
便を四回送付。わずか二カ月後の十月末で「交渉での解決は無理」と打ち切った。
■
学校には、小学一〜六年生までの六十五人が通う。教室や廊下のあちこちには割れ
た窓や雨漏りが目立つ。朝鮮学校は各種学校扱いで都の助成金は年間一人当たり約一
万五千円。ちなみに都の私立高校生への助成金は年額平均約三十四万円(昨年度実
績)。運営費は保護者の寄付に多くを頼る。不況で各家庭とも苦しく、修繕費もまま
ならないという。
こうした中、都が提示した年間賃貸料は約七千万円だが、同学校の年間予算は約四
千万円だ。売却金額は概算で約十三億円。この額は民間企業に対する賃貸や売却と同
じ扱いになる。都は「公立学校でないので、減額できない」としている。
■
「土地の歴史的経緯に配慮を」と言うのは、戦後間もなくからの住人、金雲燮さ
ん。
幻のオリンピックと万博会場確保のため、戦前の東京市は、江東区内でバラッ
クに住んでいた朝鮮人約千人を、枝川一丁目に簡易住宅を建てて強制移住させた。
「ごみ焼き場の悪臭が漂い、雨が降るとふん尿の汚水であふれた」という。
学校は、朝鮮人の同化を図る教化施設跡を利用して、戦後設立された。簡易住宅跡
地は、行政側が管理を放棄して長年住民が道路や下水を整備してきた。こうした歴史
的経緯が考慮され、都と住民の裁判の結果、市価の七%という低額で払い下げられた
が、同じ敷地内にある学校は除外された。
■
行政と学校の狭間で、最も揺れ動くのは子どもと親たちだ。父親の一人、川口茂さ
んは在日朝鮮人と日本人の間に生まれ、朝鮮学校に通うわが子も日本国籍。「民
族の言葉や文化を学べる場所がほかにない」。
母親の洪貞心さんも「こんな問題があるなんて、今まで知らなかった」と衝撃
を受けた。「オモニ(母親)会」の徐英子会長は「学校と地域がもっと交流し
て、信頼関係を築きたい」と話す。
同学園の金順彦副理事長は「熱烈な韓国支持者の家庭の子も通える民族教育の場
へ
と変化しつつある」としながら、こう言う。「子どもたちは、日本で生まれて日本で
死ぬ。日本社会で朝鮮人として生きるしかないのです」
■
【メモ】
昨年九月に北朝鮮の拉致問題が浮上して以降「一番怖いのは偏見を持たれ子どもに
危害が及ぶこと」と宋賢進校長。田中康夫・長野県知事は、県内の朝鮮学校を視察、
老朽化した校舎の現状などを見て、本年度から県の助成金を従来の四倍近い年間一人
当たり約四万円に増額した。
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B[朝日新聞](03-11-30)
都有地の朝鮮学校校庭、明け渡し求め近く提訴へ
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在日朝鮮人の子ら65人が通う東京朝鮮第二初級学校(東京都江東区枝川1丁目)
に対し、校庭部分の都有地4139平方メートルを契約が切れたままタダで使ってい
るとして、都は明け渡しを求め近く提訴する。2年前から払い下げ交渉を進めていた
が、都の対応を問う住民監査結果が出たことから、教育機関に対しては異例の強硬姿
勢に転じた。朝鮮学校側は「学校を含む一帯は戦前、朝鮮人が強制的に移住させられ
た歴史的経緯がある」と、反発を強めている。
同校は45年10月、在日本朝鮮人連盟(後の在日本朝鮮人総連合会=朝鮮総連)
の手で始まった。72年に90年まで校庭部分を無償貸与する契約が結ばれた。校舎
の部分は学校が所有している。
その後、契約満了前後に払い下げが協議されたが、価額が折り合わず決裂。01年
2月に再び交渉が始まり、都港湾局と学校側とが意見交換を重ねてきた。ところが今
年8月、江東区の住民らが「都は土地の適正管理を怠っている」として監査請求。1
0月初め「学校は無権原(無契約)で土地を占有しており、都は是正措置などを講ず
ること」とする監査結果が出た。
これで、都は方針を転換。時価の13億円(1平方メートル約30万円)での土地
買い取りと、無契約の間の使用料6億円余りを要求した上で、10月末に交渉打ち切
りを通告。最終期限の12月1日以降に提訴する構えだ。
朝鮮学校側は、「これまでの経緯をまったく無視したやり方だ」と怒りを隠さな
い。
学校を含む一帯は、40年開催が決まった東京五輪(中止)のため、会場予定地周
辺のバラックにいた朝鮮人労働者ら約1000人を、埋め立て地に建てた市営住宅長
屋に移住させた場所だった。戦後の混乱下、都(旧東京市)は住宅管理や家賃徴収を
放棄し、朝鮮人団体に委託。住人たちは一画で学校を運営する一方、老朽化した長屋
を壊し、それぞれ勝手に家を建てるなどの状況が長く続いてきた。
95年、まず住宅地について都と朝鮮人側の交渉がスタート。00年、歴史的経緯
に配慮して時価の7%で売却する合意が成立し、200戸余りに対し、計1万260
0平方メートルの住宅地が払い下げられた。これに準じて、朝鮮学校も同程度の安値
での校庭払い下げを都に求めてきたという。
朝鮮学校側は「都側は歴史的経緯について認識しているはず。突然の変化に政治的
意図も感じる。日本人を含む住人の署名を集めるなどして闘いたい」と話す。
(朝日ドットコム 11/30 12:29)
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C[朝鮮新報](03-10-25)
⇒ http://210.145.168.243/sinboj/j%2D2003/j05/0305j1025%2D00001.htm